時間は足早で公平である
学生時代、私の愛読書のひとつは、住井すゑ氏の「橋のない川」であった。映画にもなっている。
その第7部の「あとがき」に次のような一節がある。
『くる日も、くる日も、時間は私の横をすり抜けて行きました。すり抜けて行く時間をつかまえようと、私はけんめいにつとめました。けれども、時間は足早で、私の努力などまるでみとめてはくれません。呆れて、二日休み、三日なまけ、四日、そっぽ向き・・・・という有様で、とうとう、予定が二年以上もズレてしまいました。それでも年齢が年齢だから、仕方ないさ・・・・と、結局は自己弁護。全く、ズルイはなしで、ごめんなさい。』
今は亡き住井氏は、当時90歳である。その住井氏が「全く、ズルイはなしで、ごめんなさい。」というのである。なんと自分に厳しいことか。
「橋のない川」のテーマはみなさまご存知の通り「差別」である。自分に厳しいからこそ、このような重いテーマを長年に渡って自分を見失わずに書き続けられたのだろう。
時間は足早である。なかなか努力を認めてはくれない。少しぐらいの努力なぞ全く相手にもしてくれない。
そして、時間は公平である。みんなに1日24時間が与えられている。しかし、時間は人生においては無限にあるわけではない。有限で、公平で、足早な時間を相手に、人はそれぞれ生きているのである。その時間をどのように使うのか、走るだけではなく、たまには立ち止まって考えたい。住井氏のように自分に厳しく。


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